人権デューディリジェンス(人権DD)とは?

デューディリジェンス は 英語で、Due Diligence。頭文字をとって、デューディリジェンスをDDと表記することがあります。

Due Diligence は Merriam Webster Dictionary   によると、次の意味となります。

the care that a reasonable person exercises to avoid harm to other persons or their property
他人やその財産への危害を避けるために良識ある人がとる注意・配慮

人権デューディリジェンス(人権DD)は、人権に関するデューディリジェンスですから、人権に関して、他人やその財産への危害を避けるために良識ある人がとる注意・配慮を意味します。

これを少し具体化したら「自社の企業活動だけではなくサプライチェーンその他ビジネス上の関係にある他社の企業活動をも含めて、企業活動が引き起こす人権侵害リスクを調べて人権侵害を防止・軽減する取り組み」となるわけです。

このページでは「人権DDとは何なのか」について、さらに掘り下げていきます。

そもそも人権とは?

ビジネスと人権に関する指導原則 12によると「人権を尊重する企業の責任は、国際的に認められた人権に拠っているが、それは、最低限、国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則と理解される。」とあります。

これに基づけば、企業が最低限尊重すべき人権は、次に挙げるようなものとなります。これらすべてが人権DDの対象となります。

国際人権章典で表明されたもの

国際人権章典とは次のものです。

  • 世界人権宣言
  • 市民的及び政治的権利に関する国際規約(市民権規約)
  • 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)

国際人権章典で列挙されている人権と、人権を侵害しないよう企業で払うべき注意点を、対比させると次のようになります。

国際人権章典で列挙されている人権人権を侵害しないよう企業で注意すべき点
残虐で非人道的もしくは品位を傷つける取り扱いを受けない権利深刻なハラスメントまたは危険な労働条件
身体の自由および安全についての権利深刻なハラスメント
移動の自由についての権利身分書類の預かり、移動制限
私生活についての権利プライバシー権、ネット上の誹謗中傷
思想、良心および宗教の自由についての権利宗教上の便宜不供与
意見および表現の自由についての権利検閲への加担
人種的、宗教的または国民的憎悪の唱道からの自由についての権利ヘイトスピーチ
家族の保護についての権利ワークライフバランスの欠如
差別を受けない権利ジェンダー差別
少数民族の権利コミュニティーの住民への負の影響
労働の権利恣意的な解雇、社会保障へのアクセス制限、職業訓練の欠如
公正かつ良好な労働条件を享受する権利最低賃金、同一価値労働同一賃金
社会保障についての権利社会保険加入拒絶、労災拒絶
家族生活についての権利産前産後休暇の不提供、過重労働、ワークライフバランスの欠如
相当な生活水準についての権利開発によるコミュニティーの生活侵害
健康についての権利労働安全衛生、過重労働、製造者責任
「繊維産業の責任ある企業行動ガイドライン」より

注意すべき点がかなりありますね。

中核的労働基準(=労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則)

ILO(国際労働機関」が特に強く遵守を要請する次の5つの原則についても、人権として尊重しなければなりません。

  1. 結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認
  2. あらゆる形態の強制労働の禁止
  3. 児童労働の実効的な廃止
  4. 雇用及び職業における差別の排除
  5. 安全で健康的な労働環境

人権DDの6つのプロセス

人権DDのプロセスは、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」で定められていて、簡潔にまとめると次のようになります。

人権方針人権尊重責任へのコミットメント・約束の表明










人権DDサプライチェーンその他ビジネス上の関係にある他社も含め、企業活動による人権侵害リスクを特定・評価
優先順位を決めて、人権侵害防止軽減に取り組む
の取組についての実効性評価
ステークホルダーへの説明・外部への情報発信
救済人権侵害被害者への対応

人権方針(人権尊重責任へのコミットメント・約束)の表明

人権方針とは、人権を尊重する責任を果たすために企業が設けるべき方針であり、企業規模及び企業が置かれている状況に適したものでなくてはなりません。

人権方針の5要件

人権を尊重する責任を定着させるための基礎として、人権方針には次の5要件を備えることが求められます。

  • 企業の最上級レベルで承認されていること
    • 最高責任者の署名などでこの要件を満たせます
  • 社内及び/または社外から関連する専門的助言を得ていること。
    • 信頼できる文書資料への参照
    • 広く認知された専門家との協議
  • 社員、取引先、及び企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が持つ人権についての期待を明記していること。
    • 「人権についての期待」を「人権尊重への協力についての期待」と考え、そのような内容を人権方針の文言に入れることなどで、この要件を満たせます。
    • バリューチェーン全体に対して「人権尊重への協力についての期待」をし、人権方針を適用することを明記。
    • (ここで言う「人権」とは、国際的に認められた人権であること。すなわち、最低限、国際人権章典で表明されたもの及び労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関宣言で挙げられた基本的権利に関する原則を指すことを、人権方針で明示する。)
  • 一般に公開されており、全ての社員、取引先、他の関係者にむけて社内外にわたり知らされていること。
    • 人権方針を文書として作成して、それをWebSiteで公開することなどで、この要件を満たせます。
  • 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続の中に、人権方針が反映されている

以上のような要件を満たした人権方針を公に表明することを通して、人権尊重責任を果たすというコミットメントを、企業は明らかにすべきです。(➡ビジネスと人権に関する指導原則 15,16

企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続の中に、人権方針を反映する

次のようなことをコツコツと実施し、従業員等の企業内ステークホルダーだけではなく、外部のステークホルダーにも人権方針を浸透定着させるべきです。

1. 人権方針その他人権尊重への取り組みについて、 従業員や取引先などのステークホルダーとしっかり対話をする。

2. 人権方針を定着させ、 人権DDを着実に実施するために、 社内体制を構築する。

◯ 人権DD担当部門、担当責任者を決める
◯ 関連部門で構成する人権DD担当委員会(経営企画委員会、サステナビリティ推進委員会など)の発足
◯ 危機管理・リスクマネジメント部門に、 人権リスクとして人権DDを担当させる。
◯ 人権担当部門、責任者、担当委員化は、経営戦略や事業計画が人権方針に適合しているかどうか適宜チェックする。

3. 人権尊重に関わる次のような社内規定に、人権方針への参照を埋め込む。

◯ 理念、ビジョン、パーパス
◯ 企業行動憲章
◯ 調達指針
◯ 就業規則(賃金規定なども含む)

4. 人権方針の文言は、 理念、 ビジョン、パーパス、企業行動憲章の趣旨を包含したものとする。

5. 人権方針が、社内諸規定の中でどのように位置づけられるものであるかを、明記する。

6. 人権方針や社内諸規定を、 それが適用されるすべての国の言語で翻訳しておく。

7. 研修(新入社員・管理職研修など)、 人権啓発ハンドブックや人権方針の解説書の作成・配布

サプライチェーンその他ビジネス上の関係にある他社を含め、 企業活動による人権侵害リスクを特定・評価 

人権DDは一朝一夕には実施できない

人権DDは、上の6つのステップを確実に実施しなければならないので、自社が実施するだけでも大変です。その上、ビジネス上の関係にある他社にも実施を働きかけなければなりません。ですから、人権DDは一朝一夕にはできないのです。

「人権」の範囲も広い

人権DDの「人権」は、国際的に認められた人権を指しています。

その範囲は、一般的な日本人の感覚よりずいぶん広いものです。

特に、強制労働・児童労働・差別などの概念が、幅広いものになっています。

人権DDを実施するには、人権そのものについての学習も必要であり、やはり一朝一夕では難しいです。早めに着手すべきです。

人権DD未実施は、突然の取引停止、売上喪失を招く

コンプラ意識の高い企業は、人権DDを実施しない企業とは、新たにサプライチェーンその他ビジネス上の関係を結ぼうとしなくなっています。

また、従来から取引関係にあるサプライヤー(中小企業含む)に対して、取引停止をちらつかせながら人権DDを実施するよう強い要請(事実上の強制)を行うようになっています。

そして、これらの動きはますます加速しています。

この状況で、いつまでも人権DDを実施せずにいるとどうなるでしょうか。

コンプラ意識の高い企業から相手にされなくなるのは火を見るよりも明らかです。

いつまでも人権DDを実施しない企業は、ある日突然取引を停止されたり、売上を失ったりすることになります。

一方、人権DDを実施しておけば、突然の取引停止・売上喪失のリスクは、劇的に下がります。

人権DDは、BCP(Business Contingency Plan , 事業継続計画)の一部として、実施すべきものでもあります。

人権DD義務化はますます加速する

人権DDの義務を企業に課すのは、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」だけではありません。

欧米では、人権DD実施を企業に義務づける国内法等の制度が、次々に作られています。

日本政府も、遅ればせながら欧米に追随し、企業に人権DD実施義務を課す動きを加速させています。

コンプラ意識の高い企業が、人権DDを実施していない取引先(中小企業含む)に対して、取引停止をちらつかせながら人権DDを実施するよう強く迫るケースは、ますます増加します。

今や、人権DD(人権デューディリジェンス)は、全ての企業にとって必須であり、即時着手すべきものなのです。

人権DDは大変だが早期着手で大きなメリットを生む
義務感だけで取り組むのはもったいない

「人権DD(人権デューディリジェンス)はコンプラとしての義務。経営リスクマネジメントとしても必須。やることが多くて大変だけど取り組まなきゃ‥」

確かにそうなんですが、「やらねば不味い」という義務感だけでは、人権DDは負担でしかなくなります。それではもったいないです。

実は、人権DDに着手することで、大きなメリットがあるのです。

一部だけでも早期着手すれば、先行者利益を得られる

愛知県豊川市の株式会社ヤマグチマイカは、2015年のある日、突然に、人権DDのほんの一部(「児童労働への不関与」の証明)を実行することを求められました。

2015年に顧客である欧州の大手化粧品メーカーが、インドの鉱山における児童労働に関する人権問題を提起した。これにより同社は、児童労働に関与していないことの証明として、インドのマイカ鉱山および工場における第三者機関の監査結果の提出が求められることとなった。何の前触れもなく寝耳に水のことであったが、すぐに多くの大手化粧品会社がその動きに追随した。同社の山口卓巳社長は、事業継続のためには業界の要求に応じる必要があると判断したが、社内には人権に関する監査の知識がなく、何から着手すれば良いのか分からない状況だった

中小企業庁:2022年版「中小企業白書」 第4節 中小企業が対応を迫られる外部環境 事例2-2-22:株式会社ヤマグチマイカ

同社は、この「事件」をきっかけに、企業経営に必要な人権関連情報の収集や学習に取り組み始めました。現在では毎年人権DDを行い、その報告書をウェブサイトに掲載しています。

▶先行して「責任ある調達」に取り組み、アドバンテージを獲得

(人権DDの一部である)「責任ある調達」への同社の取組は、化粧品業界以外の顧客や取引先企業から理解が得られ、問題意識を共有することができた。過去に取引がなかったものの、直接的・間接的にマイカを使用している企業からの問い合わせも増えており、将来的な需要拡大に手応えを得ている。人権への取組を含んだCSR活動の詳細を積極的に情報公開していることへの対外的な評価は高く、取引先との関係強化につながっている。「責任ある調達をしていない企業は、将来的に事業を存続できなくなることもあり得る。国内外にあるマイカ製造の競合相手に対して先行アドバンテージを得ることができた。」と山口社長は語る。

中小企業庁:2022年版「中小企業白書」 第4節 中小企業が対応を迫られる外部環境 事例2-2-22:株式会社ヤマグチマイカ

その結果、同社は、上記引用部分のように大きな先行者利益を得ています。

人権DD実施で、採用/定着/育成にも大きなメリット

「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり

これは武田信玄の言葉であり、人的資本経営における黄金律です。

このうち最も重要なのは「情けは味方、仇(あだ)は敵なり」です。

仇が存在したままでは、「人は城、人は石垣、人は堀」など夢のまた夢。

人権DDの実施などで、社内や取引先における人権侵害を可能な限り少なくし、「仇(あだ)は敵なり」という状況をなくすことに最優先で取り組むべきです。

それが出来れば、「情けは味方」の状況が自然に生まれ、「人は城、人は石垣、人は堀」となりうる人材の採用/定着/育成につながります。

キーワードは心理的安全性

アメリカでは企業価値の9割を無形資産が占めています。

企業価値の源泉は、有形資産から無形資産に変わった」と言っても過言ではありません。

無形資産の源泉たる人的資本が、今後ますます重視されることは確実です。

人権DDなどによって人権侵害リスクを可能な限り小さくして、労働者の心理的安全性を確保することは、ますます重要なものになります。