JASTI 7-3-1 の遵守を、どのような証拠をもって示せばいいか、簡単にまとめます。
JASTI 7-3-1 原文
工場は、所在地において流行疾病等によるロックダウンが発生した場合、 工場所在地の法令に定める方法により、または労使協定によって定めた方法により賃金の設定を行わなければならない。
達成すべきコミットメント
「私たちは、所在地において流行疾病等によるロックダウンが発生した場合、事業場所在地の法令に定める方法により、または労使協定によって定めた方法により賃金の設定を行います。」
補足説明:法的根拠と国際基準
日本の国内法:労働基準法(特に第26条 休業手当)、労働契約法(特に第9・10条 不利益変更の合理性)が中核となります。「不可抗力」の解釈が、休業手当支払義務の有無を判断する上で極めて重要です。
国際人権基準:ILOの所得保障に関する原則(R067号等)や国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)は、国内法の最低基準遵守に加え、危機的状況下での労働者の生活保障への積極的な配慮と、誠実な社会的対話を企業に求めています。
遵守を裏付ける証拠をカテゴリー別に整理
1. 法的義務の判断方針
休業手当支払義務の有無(使用者責任 vs 不可抗力)を判断する社内プロセスが確立されていることを示します。
- ロックダウン時の休業手当支払義務に関する判断基準を定めた社内規程や方針書。
- 「不可抗力」の該非を判断するためのチェックリストや判断フロー。
- 外部の法律専門家からの助言記録や意見書。
2. 休業手当の遵守記録
使用者の責に帰すべき休業の場合に、労働基準法第26条に基づき休業手当を適正に支払ったことを証明します。
- 休業手当(平均賃金の60%以上)の計算根拠を示した文書。
- 休業手当の支払いを証明する給与明細や賃金台帳。
- 賃金支払の五原則(労基法24条)に従った適時の支払記録。
3. 「不可抗力」主張の正当化
休業手当を支払わない場合に、その理由が「不可抗力」の厳格な要件を満たすことを立証します。
- 政府や自治体からの休業「命令」等の公的文書。
- リモートワーク導入の検討など、休業回避努力を尽くした記録。
- 事業外部の要因により事業継続が不可能であったことの詳細な説明資料。
4. 有効な労使協定書
ロックダウン時の賃金設定について定めた、適法かつ有効な労使協定が存在することを示します。
- ロックダウン時の賃金計算方法、適用条件、支払時期等を明記した労使協定書の現物(署名・捺印済)。
- 協定の有効期間が明記されていること。
5. 労働者代表の正当性
労使協定を締結した労働者代表が、民主的な手続きにより適正に選出されたことを証明します。
- 労働組合でない場合、労働者の過半数代表を選出するための投票、挙手等の民主的手続きの記録。
- 選出プロセスが使用者の意向に基づかない、公正なものであったことの証明。
6. 協定の法的整合性
協定が労働条件の不利益変更にあたる場合、労働契約法第10条の「合理性」を満たすことを示します。
- 不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、交渉状況等を評価した記録。
- 協定内容が強行法規(最低賃金等)に違反していないことの確認記録。
- 従業員への丁寧な説明や代償措置の検討に関する議事録。
7. 協定遵守の支払記録
労使協定の条項と一致した賃金・手当の支払いが行われたことを、客観的な記録で証明します。
- 労使協定の規定に基づき計算・支払われたことを示す賃金台帳や給与明細。
- 銀行振込明細書など、支払いの事実を証明する記録。
8. 従業員への通知・説明
ロックダウン時の賃金方針について、法的根拠や協定内容を含め、従業員に明確に伝達したことを示します。
- 全従業員への社内通知メールやポータルサイトへの掲示記録。
- 賃金方針に関する説明会の議事録や配布資料。
- 質疑応答の記録。
9. 社会的対話と協議
賃金方針の決定プロセスにおいて、労働組合や労働者代表と誠実な対話・協議を行ったことを証明します。
- 労働組合・労働者代表との協議の議事録。
- 方針決定に至るまでの意見交換の記録(メール等)。
- 従業員の懸念をどのように検討し、方針に反映したかの記録。
10. 政府支援制度の活用
雇用調整助成金等を活用し、労働者の所得保障を維持・向上させたことを示します。
- 雇用調整助成金の申請書類および受給決定通知書。
- 助成金が賃金支払いにどのように充当されたかを示す社内会計記録。
- 助成金活用により法定基準以上の支援が可能になった場合の説明資料。
11. 所得保障レベルの評価
支払われた賃金・手当が、労働者の生活を維持する上で実質的にどの程度の水準であったかを評価します。
- 支払われた賃金・手当の、通常賃金に対する比率の分析。
- ILO勧告等の国際基準(例:失われた所得の代替)を参考に、所得保障の水準を自己評価した記録。
12. 苦情処理と是正措置
賃金に関する従業員からの苦情を受け付け、適切に対応し、必要に応じて是正措置を講じたことを示します。
- 賃金に関する苦情処理メカニズムの存在を示す規程や通知。
- 受け付けた苦情の内容、調査プロセス、対応結果の記録(個人情報保護に配慮)。
- 問題が特定された場合に実施された是正措置計画と完了報告。
人権尊重と法令遵守の統合的実現
ロックダウン時の賃金設定コミットメントの達成は、単に法令を遵守するか、労使協定を締結するという形式的な手続きだけでは不十分です。そのプロセスが公正かつ透明であり、国際人権基準が求める「労働者の生活保障」という実質的な成果に繋がっているかが問われます。
本報告書で提示された証拠カテゴリーは、企業が法的義務と人権尊重責任を統合的に果たしていることを示すための枠組みです。これらの証拠を体系的に整備・維持することで、企業は危機的状況下におけるレジリエンスと、すべてのステークホルダーからの信頼を高めることができます。
重要な注意点
ここで挙げる証拠は、遵守を示すための具体例です。しかし、これらを全て揃えなくとも十分に遵守を証明又は疎明できることもあります。それは御社の状況次第、そして監査の判定基準次第です。 詳しくは私どもHCDコンサルティングにお尋ねください。
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JASTIは、中小企業等が最低限遵守すべき事項を社会人権面を中心に網羅した監査要求事項・評価基準から成り、ILO(国際労働機関)中核的労働基準を含みます。
当事務所代表は、全国社会保険労務士会連合会「ビジネスと人権」研修(ILO駐日事務所の技術協力で構築された研修)で、合計7度ファシリテーターを務めました。
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