JASTI監査やWFSGI監査など、「ビジネスと人権」への取り組みを進める中で、「うちの工場、万が一のときに従業員は安全に避難できるだろうか?」 「避難口の数や場所って、法律でどう決まっているんだろう?」と疑問に思うことはないでしょうか。

工場の安全管理を担当されている方なら、疑問を抱いたことがあるかもしれませんね。
火災や地震などの災害は、いつ起こるか分かりません。その際、従業員の命を守るための「避難経路」が正しく確保されていることは、企業の最も重要な責務の一つです。そして、この避難経路の基本となる避難口の設置については、建築基準法で厳しいルールが定められています。
法令違反の状態でもし事故が起きてしまえば、是正命令や罰則だけでなく、重大な刑事責任や損害賠償責任を問われる可能性も。そうなる前に、自社の工場が法令基準をクリアしているか、しっかり確認しておくことが不可欠です。
この記事では、複雑で分かりにくい建築基準法の中から、特に工場の「避難口の設置基準」に焦点を当て、そのポイントを分かりやすく解説していきます。
目次
避難の基本は「二方向避難の原則」
まず、建築物の避難に関する大原則として二方向避難という考え方があります。
これは、「火災などでメインの避難経路が使えなくなっても、別のもう一つの経路から安全に避難できるようにしておきましょう」というものです。
例えば、出入口が一つしかない部屋で、そのドアの近くで火災が発生したら、逃げ場がなくなってしまいますよね。そうした事態を防ぐため、原則として「避難口(直通階段など)は2つ以上設けなさい」と建築基準法で定められているのです。
2つ以上の避難口が「必要」な主なケース
それでは、具体的にどのような場合に避難口が2つ以上必要になるのでしょうか。工場の「階数」と「床面積」によって基準が変わってきます。
お使いの工場が以下のいずれかに当てはまる場合、原則としてその階には2つ以上の直通階段(※)を設置する義務があります。
- 6階以上の階に、作業スペースなどの居室がある場合(面積は関係ありません)
- 5階以下の階で、その階の居室の床面積の合計が200㎡を超える場合
- ただし、建物の主要構造部が「準耐火構造」や「不燃材料」でできている場合は、基準が緩和され400㎡超となります。
- 2階で、居室の床面積の合計が400㎡を超える場合
- 3階以上の階に、法律上の「無窓居室」(有効な窓がない部屋)がある場合
※直通階段とは? 居室のある階から、途中で他の部屋などを通ることなく、地上(避難階)まで直接つながっている階段のことです。避難経路の独立性を保つための重要な設備です。
こんな工場は要注意!
- 大規模な生産ラインを持つ工場:2階の作業エリアが広く、400㎡を超えている場合、階段は2つ以上必要です。
- 多層階の研究開発施設:6階建ての施設なら、6階部分は面積に関係なく階段が2つ以上必要になります。
1つの避難口でも「OK」な例外ケース
「うちは小規模な工場だから、階段は1つしかない…」という場合でも、ご安心ください。非常に厳しい条件をすべて満たす場合に限り、例外的に1つの直通階段で良いとされています。
【表1】単一避難口が許容される条件一覧
階数 | 最大許容床面積 | 必須の主要構造部 | 必須の内装仕上げ | その他の条件 |
---|---|---|---|---|
2階 | 200㎡以下 | 耐火構造 or 準耐火構造 | 準不燃材料以上 | 避難上支障がないこと |
3階~5階 | 100㎡以下 | 耐火構造 or 準耐火構造 | 準不燃材料以上 | 避難上支障がないこと |
6階以上 | – | – | – | 適用不可 |
【重要ポイント】 この例外規定は、将来の増改築やレイアウト変更に大きな制約となります。例えば、現在3階で90㎡の事務所を110㎡に増床した瞬間、法令違反となり、2つ目の階段を増設する必要が出てくる可能性があります。初期コストだけでなく、将来の事業計画も見据えた判断が重要です。
「出口までの距離」も重要!歩行距離のルール
避難口の数が足りていても、そこまでの道のりが遠すぎては意味がありません。建築基準法では、部屋の最も遠い場所から避難口までの歩行距離にも上限を設けています。
この距離は、建物の耐火性能や内装の仕上げによって変わります。火事に強い建物ほど、避難に時間がかかっても安全性が高いため、歩行距離も長く認められます。
【表2】構造・内装別の最大許容歩行距離(主な例)
建物の主要構造部 | 内装仕上げ | 最大許容歩行距離(14階以下の階) |
---|---|---|
耐火建築物 | 準不燃材料以上 | 60m |
耐火建築物 | その他 | 50m |
準耐火建築物 | 準不燃材料以上 | 50m |
準耐火建築物 | その他 | 40m |
上記以外 | 準不燃材料以上 | 40m |
上記以外 | その他 | 30m |
【重要ポイント】 横に長い工場などで、フロアの両端に2つの避難口を設けても、中央エリアからどちらの出口までの距離もこの上限を超えてしまう場合は、法令違反となります。その場合は、中央にもう一つ出口を追加するなどの対策が必要です。
日常の操業で通路に資材を置いたり、レイアウトを変更したりすることで、意図せずこの歩行距離が伸びてしまうケースもあるため、注意が必要です。
まとめ:従業員の安全と企業の未来を守るために
工場の避難口に関する基準は複雑ですが、その根底にあるのは「従業員の命をいかに守るか」という一点に尽きます。最後に、自社の安全性を確認するためのポイントと、管理者として取るべきアクションをまとめました。
法令遵守のためのセルフチェックリスト
- [ ] 各階の避難口の数は足りていますか? (特に6階以上、または床面積の大きい階)
- [ ] 避難口が1つの階は、例外規定の全条件(階数、面積、構造、内装)を満たしていますか?
- [ ] 各作業場所から避難口までの「歩行距離」は、上限値以内ですか?
- [ ] 避難通路に、避難の妨げになるような機械や資材が常時置かれていませんか?
建築基準法と消防法の両輪で考える
安全管理は、建物の構造を定める建築基準法と、消火設備や避難訓練などを定める消防法の両輪で成り立っています。ハード(建物)とソフト(運用)が一体となって初めて、本当に安全な職場が実現できるのです。
専門家への相談をためらわない
「自社での判断が難しい」「増改築を計画している」…そんなときは、必ず計画の初期段階で一級建築士などの専門家に相談しましょう。後から法令違反が発覚して大規模な改修工事が必要になる、といった事態を避けることができます。
法令基準は、あくまで「最低限の安全レベル」です。大切な従業員の命を預かる企業として、基準を上回る安全性を目指す姿勢こそが、企業の持続的な成長と社会的な信頼につながるのではないでしょうか。