JASTI 3-1 の遵守を、どのような証拠をもって示せばいいか、簡単にまとめます。
JASTI 3-1 原文
工場は、女性従業員に対し、妊娠、出産を理由に、解雇、賃金の減額、降 格などの差別を行ってはならない。
注:日本の場合、例外として、①業務上の必要性から不利益取扱いをせざ るをえず、業務上の必要性が、当該不利益取扱いにより受ける影響を上回 ると認められる特段の事情が存在するとき、又は②労働者が当該取扱いに 同意している場合で、有利な影響が不利な影響の内容や程度を上回り、事 業主から適切に説明がなされる等、一般的な労働者なら同意するような合 理的な理由が客観的に存在するときは、不利益取扱いが認められる。
達成すべきコミットメント
「私たちは、女性労働者に対し、妊娠、出産等を理由とする解雇、賃金減額、降格等の差別を行いません。」
補足説明:法的根拠と国際基準
日本の国内法:男女雇用機会均等法(第9条3項・4項)、労働基準法、育児・介護休業法。
国際人権基準:女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(CEDAW)、国際労働機関(ILO)条約(C111、C183)、ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)。
企業は、国内法を遵守するだけでなく、国際人権基準の精神も尊重し、妊娠・出産等を理由とする不利益な取り扱いを防止するための積極的なシステムを構築・維持することが求められます。
コミットメント達成の意義
このコミットメントの達成は、単なる法的義務の遵守に留まらず、女性労働者が安心して能力を発揮し、キャリアを継続できる環境を構築することを意味します。これは、従業員エンゲージメント、企業のレピュテーション、そして持続可能な企業価値の向上に貢献します。
遵守を裏付ける証拠をカテゴリー別に整理
1. ポリシーフレームワーク
妊娠・出産・母性等を理由とする差別を禁止する包括的な社内方針を明確に文書化し、周知します。
- 妊娠・出産に関する非差別方針(日本の均等法、ILO条約、CEDAWの原則を反映)。
- 母性保護方針(産前産後休業、育児休業、復職支援に関する具体的な措置)。
- 合理的配慮に関する方針と手続き(申請、協議、提供プロセス)。
- 苦情処理メカニズムに関する方針と手続き。
2. 採用・人事評価記録
募集・採用、人事評価、昇進プロセスにおいて、妊娠・出産を理由とする差別がないことを証明する記録を維持します。
- 求人広告、応募書類、面接マニュアル等に差別的な文言や質問が含まれていないことの記録。
- 人事評価基準、評価記録(休業期間中の評価ルールと運用実績を含む)。
- 昇進・昇格の選考プロセスが公正であり、不利益な扱いを受けていないことを示す記録やデータ。
- 採用データ(応募者数、採用者数、男女比など)の分析記録。
3. 賃金・福利厚生記録
妊娠・出産・育休を理由とする不利益な賃金減額や福利厚生の制限がないことを証明します。
- 客観的な賃金決定システムに関する文書。
- 給与規定および支払い記録(妊娠・出産・育休を理由とする不利益な差がないことの確認)。
- 産休・育休期間中の社会保険料の取り扱いやその他の福利厚生の継続・復帰に関する規定と運用実績。
- 男女間の賃金格差および産休・育休取得者の賃金変動に関するデータ。
4. 合理的配慮と健康安全
妊娠中の女性労働者や産後間もない女性労働者への合理的配慮の提供状況を記録します。
- 健康診査結果に基づく医師等の指導事項(母健連絡カード等)への対応記録。
- 危険有害業務からの転換、労働時間・休憩時間の調整、通勤緩和措置等の提供記録。
- 授乳中の女性のための搾乳時間・場所の提供に関する記録。
5. 解雇・退職勧奨記録
妊娠・出産を理由としない解雇であることを客観的に示す詳細な記録を維持します。
- 解雇理由が妊娠・出産と無関係であることを示す客観的かつ具体的な記録(均等法第9条4項に基づく)。
- 解雇回避努力(配置転換、教育訓練等)を尽くしたことを示す記録。
- 退職勧奨を行った場合、それが強要に当たらないことを示す記録(面談記録、労働者の自由な意思決定尊重の証拠)。
6. コミュニケーションと研修
非差別方針、母性保護に関する方針を全従業員に周知し、管理職・人事担当者向けに定期的な研修を実施します。
- 方針の周知徹底に関する記録(入社時研修、社内報、イントラネット掲載等)。
- 管理職・人事担当者向け研修記録(研修資料、参加者リスト、理解度テスト)。
- 従業員向け啓発活動記録(セミナー開催、啓発資料配布)。
- 外国人労働者向けの多言語情報提供や平易な言葉での説明の記録。
7. 「業務上の必要性」立証
「業務上の必要性」を理由に不利益取り扱いを行う場合、国際人権基準に照らした厳格な立証記録を維持します。
- 真にやむを得ない、具体的かつ客観的な業務上の必要性の詳細な文書。
- 代替手段の徹底的な検討と実行不可能性を示す記録(検討記録、分析文書)。
- 労働者との協議記録。
- 比例原則に基づく厳格な比較衡量(バランシングテスト)の文書化。
- 客観的基準と透明性のある意思決定プロセスの記録。
8. 「労働者の同意」検証
「労働者の同意」を理由に不利益取り扱いを行う場合、その同意が真に自由な意思に基づくことを検証する記録を維持します。
- 真に自由な、事前の、かつ十分な情報に基づく同意(FPIC原則の適用)を示す記録。
- 提供された情報(提案内容、理由、潜在的不利益、有利な影響、代替案、拒否する権利など)を網羅した詳細な書面。
- 労働者にとっての客観的な合理性と実質的な利益を示す分析文書。
- 独立した助言または代理を受ける機会の提供記録。
9. 検証・監視・データ分析
方針の運用状況を定期的に検証し、監視するためのメカニズムとデータ分析記録を維持します。
- 内部監査・レビューの記録(定期性、範囲、監査プロトコル、是正措置)。
- 主要な人事データ(採用率、昇進率、復職率、賃金格差等)の収集・分析記録。
- 外部検証(社会監査など)の結果、およびそれに対する企業の対応策記録(任意)。
- ステークホルダーとの対話記録(任意)。
持続的なコミットメントと人権尊重文化の醸成
妊娠・出産等を理由とする不利益な取り扱いを行わないコミットメントを実証するには、明確な方針、実践的な実施記録、堅牢な検証・監視メカニズム、そして支援的な職場文化の存在からなる多角的かつ重層的な証拠が不可欠です。これらの内部システムを継続的に見直し、改善することで、持続的なコンプライアンスと「具体的証拠」の即時的な利用可能性を確保することが推奨されます。
企業は、本報告書で提示された枠組みに基づき、定期的な自己監査を実施し、コンプライアンスを継続的に維持・改善していくことで、女性労働者の権利保護に貢献し、社会からの信頼を得ることが求められます。
重要な注意点
ここで挙げる証拠は、遵守を示すための具体例です。しかし、これらを全て揃えなくとも十分に遵守を証明又は疎明できることもあります。それは御社の状況次第、そして監査の判定基準次第です。 詳しくは私どもHCDコンサルティングにお尋ねください。
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JASTIは、中小企業等が最低限遵守すべき事項を社会人権面を中心に網羅した監査要求事項・評価基準から成り、ILO(国際労働機関)中核的労働基準を含みます。
当事務所代表は、全国社会保険労務士会連合会「ビジネスと人権」研修(ILO駐日事務所の技術協力で構築された研修)で、合計7度ファシリテーターを務めました。
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