JASTI 8-1 の遵守を、どのような証拠をもって示せばいいか、簡単にまとめます。
JASTI 8-1 原文
工場は、人権に関する方針を工場内に掲示し、リスクの特定、是正、防止 策などの措置を継続的に実施しなくてはならない。 また人権方針には、従業員を含むステークホルダーエンゲージメントを遂 行するための方針を含めなくてはならない。 エンゲージメントの仕組みとして、工場は、従業員(労働者)との対話を 通じて、職場や仕事に関して直面している悩みを吸い上げられるような体 制を整備することで、人権侵害に関する情報を的確に把握できる体制を構 築しなくてはならない。
達成すべきコミットメント
人権方針の策定と実践:私たちは、国際的に認められた人権を尊重する方針を策定し、これを工場敷地内に掲示するとともに、全従業員に周知徹底します。
継続的な人権デューディリジェンス:人権への負の影響を特定・評価し、その防止・軽減・是正に継続的に取り組みます。
ステークホルダー・エンゲージメント:労働者を含むステークホルダーと対話し、懸念や人権侵害情報を的確に把握できる体制を構築・維持します。
補足説明:国際規範と国内の動向
国際規範:国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」やILO中核的労働基準が、企業に人権尊重の責任と、そのためのデューディリジェンス実施を求めています。
国内の動向:日本政府も「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定し、企業に対して人権尊重の取り組みを促進しています。これは企業の法的リスクだけでなく、サプライチェーン管理や企業評価においても重要な要素となっています。
遵守を裏付ける証拠をカテゴリー別に整理
1. 人権方針の策定と承認
国際基準に整合し、経営層が承認した公式な人権方針が文書化されていることを示します。
- UNGPsやILO中核的労働基準への準拠を明記した、取締役会承認済みの人権方針文書。
- 方針の定期的な見直しプロセスに関する記録。
2. 方針の周知(物理的掲示)
人権方針が工場内の全労働者にとって、常に見やすく、理解できる形で掲示されていることを証明します。
- 工場の食堂、更衣室、掲示板などへの掲示状況を示す写真(日付入り)。
- 外国人労働者の言語構成に応じた、多言語版方針の掲示物。
- 方針の要約だけでなく、全文にアクセスできるQRコード等の設置。
3. 方針の周知(研修・教育)
全従業員および役員が人権方針を理解し、自身の業務と関連付けられるよう、継続的な研修を実施していることを示します。
- 全社eラーニングや階層別研修の実施記録(参加者リスト、修了率)。
- 研修内容(人権方針、ハラスメント防止、サプライチェーンの人権問題等)を示す資料。
- 研修後の理解度テストの結果やアンケート。
4. 人権リスクの特定
事業活動に関連する潜在的な人権リスクを特定するため、体系的な人権デューディリジェンスを実施していることを示します。
- 人権リスク評価のプロセス文書。
- サプライヤーへの自己評価質問票(SAQ)や第三者監査(Sedex, EcoVadis等)の結果。
- 工場労働者へのインタビューやアンケートの実施記録。
5. リスクへの是正措置
特定された人権リスクや実際に発生した人権侵害に対し、具体的な是正措置を講じていることを示します。
- 監査等で発見された問題点に対する是正計画書。
- 是正措置の実施記録と完了報告。
- ハラスメント加害者への懲戒処分や再発防止策の記録。
- 労働者のフィードバックに基づく労働環境の改善事例。
6. 予防措置の実施
将来のリスクを軽減するため、方針やプロセスに人権への配慮を組み込んでいることを示します。
- サプライヤー行動規範の策定と契約への反映。
- 新規取引先の選定プロセスにおける人権リスク評価の記録。
- サプライヤーへの人権に関する研修や能力構築支援の記録。
7. 労働者との対話チャネル
労働者が職場の悩みや懸念を気軽に相談できる、苦情処理とは別の対話の仕組みがあることを示します。
- 労働組合や従業員代表との定期的な協議会の議事録。
- 工場労働者を対象とした定期的なタウンホールミーティングや座談会の開催記録。
- 匿名の従業員意識調査やアンケートの実施と結果。
8. 苦情処理メカニズム
労働者が報復を恐れず人権侵害を報告できる、アクセスしやすく信頼性の高い窓口が機能していることを示します。
- 匿名・多言語対応の内部通報・相談窓口(ホットライン)の設置と周知資料。
- 第三者機関が運営する独立した窓口の提供。
- 報復禁止方針の明確化と周知。
9. 苦情対応と救済の実績
受け付けた苦情に対し、公正な調査、適切な是正措置、実効性のある救済を提供している実績を示します。
- 苦情の受付件数、主な内容、解決状況の統計データ。
- 具体的な解決事例(匿名化・類型化したケーススタディ)。
- 調査プロセス、是正措置、通報者への結果報告の記録。
10. フィードバックの反映
労働者からのフィードバックが、人権方針の見直しや具体的な業務改善に繋がっていることを示します。
- 従業員調査の結果を受けたアクションプラン。
- 労働者の意見で休憩室や寮の環境が改善された事例。
- 対話を通じて特定された問題が、方針やガイドラインの改訂に繋がった記録。
11. ガバナンスと責任体制
人権尊重の取り組みを推進するための、経営層の関与と明確な責任体制があることを示します。
- 人権担当役員(CRO)や専門部署の設置。
- 人権に関する課題を取締役会や経営会議で定期的に報告・議論している議事録。
12. 外部への情報開示
人権に関する取り組み、進捗、課題について、ステークホルダーに透明性をもって報告していることを示します。
- 人権報告書、サステナビリティレポート、統合報告書。
- ウェブサイトでの人権に関する情報開示。
- 人権報告に関する第三者機関による保証報告書。
結論:実効性のある人権尊重への継続的取り組み
人権方針の達成は、方針の策定や掲示に留まらず、人権デューディリジェンスの継続的なサイクル(リスク特定→是正→予防)を回し、そのプロセスに労働者を実質的に関与させることが不可欠です。
本報告書で提示された多角的な証拠を体系的に整備・開示することは、企業が人権尊重責任を真摯に果たしていることを示し、全てのステークホルダーからの信頼を構築するための基盤となります。重要なのは、仕組みの存在だけでなく、それが実際に機能し、労働者の権利保護という具体的なインパクトを生み出していることを示すことです。
重要な注意点
ここで挙げる証拠は、遵守を示すための具体例です。しかし、これらを全て揃えなくとも十分に遵守を証明又は疎明できることもあります。それは御社の状況次第、そして監査の判定基準次第です。 詳しくは私どもHCDコンサルティングにお尋ねください。
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JASTIは、中小企業等が最低限遵守すべき事項を社会人権面を中心に網羅した監査要求事項・評価基準から成り、ILO(国際労働機関)中核的労働基準を含みます。
当事務所代表は、全国社会保険労務士会連合会「ビジネスと人権」研修(ILO駐日事務所の技術協力で構築された研修)で、合計7度ファシリテーターを務めました。
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