JASTI 8-5 の遵守を、どのような証拠をもって示せばいいか、簡単にまとめます。
JASTI 8-5 原文
工場は、重大な人権侵害が発生する恐れがある場合、予防措置を講じなければならない。
達成すべきコミットメント
「私たちは、重大な人権侵害が発生する恐れがある場合、予防措置を講じます。」
補足説明:予防措置の重要性
国際規範:国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」は、企業が人権への悪影響を特定し、予防・軽減するための「人権デューディリジェンス」を継続的に実施することを求めています。これは事後対応ではなく、予防を中核に据えたアプローチです。
国内法とガイドライン:日本の労働基準法や各種差別禁止法制には、人権侵害を未然に防ぐための規定が多く含まれています。また、日本政府のガイドラインも、国際基準に沿った予防措置の実施を企業に強く推奨しています。
遵守を裏付ける証拠をカテゴリー別に整理
1. 方針とガバナンス体制
人権尊重を経営の根幹に据え、予防措置を推進するための体制が確立されていることを示します。
- 経営トップが承認した人権方針文書。
- 人権担当役員や専門部署の設置を示す組織図。
- 人権課題を取締役会で報告・議論した議事録。
2. 人権デューディリジェンス
人権への負の影響を特定・評価し、予防・軽減する継続的なプロセス(HRDD)を導入・運用していることを示します。
- HRDDの実施プロセスを定めた社内規程。
- 人権リスク評価の結果(リスクマップ等)。
- 特定されたリスクに対する予防・軽減計画。
- 取り組みの進捗と効果を追跡した記録。
3. サプライヤーへの要請
予防措置を自社だけでなくサプライチェーン全体に広げるため、取引先に人権尊重を求めていることを示します。
- 人権尊重を求める「サプライヤー行動規範」。
- 取引基本契約書に組み込まれた人権条項。
- サプライヤーに対し、行動規範への同意を求める署名書。
4. サプライヤーの評価と監査
サプライヤーが人権に関する要求事項を遵守しているかを確認するための、評価・監査プロセスがあることを示します。
- サプライヤーへの自己評価質問票(SAQ)の実施記録。
- 高リスクサプライヤーに対する現地監査の報告書。
- Sedex/SMETA等の第三者監査結果。
5. 公正な購買慣行
自社の購買慣行がサプライヤーに過度な負担をかけ、人権侵害の誘因とならないよう配慮していることを示します。
- 公正な取引に関する社内方針や調達部門の行動規範。
- 下請法遵守のためのチェックリストや研修記録。
- 発注内容や納期を明確にした発注プロセスの記録。
6. 研修と能力構築
従業員やサプライヤーが人権リスクを理解し、予防措置を実践できるよう、継続的な教育・研修を行っていることを示します。
- 全従業員向けの人権eラーニングの実施記録。
- 調達担当者向けのサプライチェーン人権研修の資料。
- サプライヤー向けの説明会や能力構築支援プログラムの記録。
7. 苦情処理メカニズム
侵害を早期に発見し、是正するための重要な予防措置として、信頼性の高い相談・通報窓口が機能していることを示します。
- 匿名・多言語対応の内部通報制度の運用記録。
- 従業員やサプライヤーへの窓口の周知状況。
- 苦情データの傾向分析と、それを予防策に活用した事例。
8. 労働者の権利保護(国内法)
労働基準法等を遵守し、労働時間、賃金、安全衛生など、労働者の基本的権利を保護していることを示します。
- 適正な労働時間管理の記録(タイムカード、36協定)。
- 最低賃金以上の賃金支払いを証明する賃金台帳。
- 安全衛生委員会の議事録や産業医の活動記録。
9. 差別・ハラスメントの禁止
性別、国籍、障害の有無等による差別や、あらゆる形態のハラスメントを防止するための具体的な措置を講じていることを示します。
- 差別・ハラスメント防止規定。
- 管理職および全従業員向けの防止研修の実施記録。
- 相談窓口の設置と、相談者保護を徹底した対応記録。
10. 強制労働・児童労働の防止
採用プロセスおよびサプライチェーン全体で、強制労働や児童労働といった重大な人権侵害を防止していることを示します。
- 採用時の年齢確認プロセスの記録。
- 外国人労働者のパスポート等を会社が保管していないことの証明。
- サプライヤーに対し、強制労働・児童労働の禁止を誓約させている記録。
11. 結社の自由・団体交渉権
労働者が労働組合を結成・加入する権利や、団体交渉を行う権利を妨げていないことを示します。
- 結社の自由を尊重する旨を明記した方針。
- 労働組合との定期的な協議会の議事録。
- 組合のない事業所における、従業員代表との対話や協議の記録。
12. 情報開示と透明性
人権に関する取り組み、進捗、課題について、ステークホルダーに透明性をもって報告していることを示します。
- 人権報告書、サステナビリティレポート。
- ウェブサイトでの人権方針やデューディリジェンスのプロセスの開示。
- 人権報告に関する第三者機関による保証。
結論:予防は継続的な改善プロセス
人権侵害の予防措置は、一度講じれば完了するものではありません。それは、リスクを特定し、対策を講じ、その効果を検証し、ステークホルダーと対話しながら常に改善を続ける、動的なプロセスです。
本報告書で示した多角的な証拠は、企業がこの継続的な改善サイクルを実効的に回していることを証明するためのものです。この真摯な取り組みこそが、真の意味で人権を尊重する企業文化を育み、持続可能な社会への貢献と企業価値の向上を実現します。
重要な注意点
ここで挙げる証拠は、遵守を示すための具体例です。しかし、これらを全て揃えなくとも十分に遵守を証明又は疎明できることもあります。それは御社の状況次第、そして監査の判定基準次第です。 詳しくは私どもHCDコンサルティングにお尋ねください。
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JASTIは、中小企業等が最低限遵守すべき事項を社会人権面を中心に網羅した監査要求事項・評価基準から成り、ILO(国際労働機関)中核的労働基準を含みます。
当事務所代表は、全国社会保険労務士会連合会「ビジネスと人権」研修(ILO駐日事務所の技術協力で構築された研修)で、合計7度ファシリテーターを務めました。
JASTI監査に向けたコンサルティングは、私どもHCDコンサルティングにお任せください。