JASTI 9-3 の遵守を、どのような証拠をもって示せばいいか、簡単にまとめます。
JASTI 9-3 原文
工場は、人材斡旋業者等を通じて従業員を採用する場合、採用に関わる仲 介業者が工場所在地の法令を遵守していることを確認しなくてはならな い。
達成すべきコミットメント
「私たちは、人材斡旋業者等を通じて従業員を採用する場合、採用に関わる仲 介業者が工場所在地の法令を遵守していることを確認します。」
補足説明:法的根拠と国際基準
日本の国内法:人材紹介事業は「職業安定法」、労働者派遣事業は「労働者派遣法」によって規律されます。それぞれ事業許可、手数料規制、労働条件明示などの義務が定められています。
国際人権基準:国連「ビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)」は企業に人権デュー・ディリジェンスを求め、ILO中核的労働基準は強制労働(特に採用手数料の禁止)、児童労働、差別の撤廃などを定めています。
コミットメント達成の意義
人材斡旋業者による人権侵害(特に採用手数料の徴収による強制労働)は、企業のサプライチェーンにおける重大なリスクです。業者のコンプライアンスを確保することは、人権デュー・ディリジェンス義務を果たすだけでなく、企業の評判を守り、安定的で倫理的な労働力の確保に繋がります。
遵守を裏付ける証拠をカテゴリー別に整理
1. サプライヤー行動規範
人材斡旋業者に期待する人権・法令遵守基準を明確に文書化し、伝達していることを示します。
- 強制労働・児童労働の禁止、採用手数料の不徴収などを明記した行動規範。
- 全斡旋業者が署名した行動規範の同意書。
2. 契約への組み込み
行動規範の遵守を、単なるお願いではなく法的に拘束力のある義務としていることを証明します。
- 業務委託契約書に行動規範の遵守を義務付ける条項。
- 監査権、是正措置計画の策定義務、違反時の契約解除権を明記した条項。
3. 新規業者の法的審査
取引開始前に、業者が合法的に事業を運営する資格と基盤を持つことを確認します。
- 有効な事業許可証(有料職業紹介/労働者派遣)の写し。
- 商業登記簿謄本。
- 財産的基礎の証明(最新の財務諸表等)。
- 職業紹介責任者/派遣元責任者の資格証明書。
4. 新規業者の体制審査
人権尊重と法令遵守を実践するための社内体制が整備されているかを確認します。
- 業者自身の人権方針や行動規範。
- 個人情報適正管理規程。
- 労働者向けの苦情処理メカニズムに関する規程。
- 手数料徴収をしない旨の誓約書(特に外国人労働者の場合)。
5. 書類監査(労働条件)
賃金や労働時間が法令通りに管理されているかを、実際の記録に基づいて検証します。
- 匿名化された給与台帳および給与明細書のサンプル。
- 雇用契約書および労働条件通知書のサンプル。
- タイムカードや勤怠管理システムのログのサンプル。
6. 現地監査(労働者インタビュー)
書類上では見えない人権侵害のリスクを特定するための最も重要な検証手段です。
- 守秘義務を前提とした労働者インタビューの実施計画と報告書。
- 「採用手数料を支払ったか」「パスポートは自分で保管しているか」等の質問項目。
- インタビュー結果と書類・経営層の話を照合する「三角検証」の記録。
7. 強制労働の検証
特に採用手数料の徴収や身分証の取り上げといった、負債による束縛のリスクを重点的に確認します。
- 手数料徴収禁止方針と、それを確認した労働者インタビュー記録。
- パスポート等の身分証を労働者本人が保管していることの現物確認。
- 不当な違約金がないことを示す雇用契約書の確認。
8. 差別の検証
採用選考や処遇において、性別、国籍、信条等による不合理な差別がないことを確認します。
- 差別禁止・機会均等に関する方針。
- 求人広告や面接スクリプトに差別的な内容がないことの確認。
- 採用データ(応募者・採用者)の属性分析。
- 面接で不適切な質問がなかったかを確認する労働者インタビュー。
9. 児童労働の検証
法定就労最低年齢に満たない児童の雇用や、若年労働者の危険有害業務への従事を防ぎます。
- 採用時の年齢確認手順に関する方針。
- 年齢確認に使用された公的文書のコピー(人事ファイル内)。
- 18歳未満の労働者の職務内容と労働時間に関する記録。
10. 苦情処理メカニズム
労働者が報復を恐れずに懸念や問題を提起できる、実効的な仕組みの有無を確認します。
- 苦情処理手順書と、報復禁止を明記した方針。
- 労働者への周知資料(ポスター、多言語対応)。
- 匿名化された苦情の受付・対応記録。
- 労働者インタビューでの認知度と信頼度の確認。
11. 是正措置計画(CAP)
監査で発見された問題を、罰するだけでなく、確実に解決・改善するプロセスを確立します。
- 不適合事項に対する是正措置計画(CAP)文書。
- 根本原因分析、具体的な是正措置、責任者、期限の明記。
- 是正措置の進捗追跡と完了を証明する記録(手数料返金証明等)。
12. 貴社自身の苦情処理窓口
業者の窓口が機能しない場合に備え、派遣労働者等が直接相談できるセーフティネットを設けます。
- 貴社の内部通報制度(ホットライン)が派遣労働者も利用可能であることの規程。
- 派遣労働者へのオリエンテーションで、貴社の窓口を周知した記録。
継続的改善に向けたパートナーシップ
人材斡旋業者のコンプライアンス確保は、一度きりの監査で終わるものではありません。重要なのは、方針の策定、契約、審査、継続的な監査、そして是正措置というデュー・ディリジェンスのサイクルを回し続けることです。特に、書類上では見えないリスクを明らかにする「労働者インタビュー」は不可欠です。
問題を発見し、それを業者と協力して是正していくプロセスこそが、真に人権を尊重し、責任ある調達を実現する強力な証拠となります。これは、貴社のブランド価値と持続可能性を守るための戦略的な取り組みです。
重要な注意点
ここで挙げる証拠は、遵守を示すための具体例です。しかし、これらを全て揃えなくとも十分に遵守を証明又は疎明できることもあります。それは御社の状況次第、そして監査の判定基準次第です。 詳しくは私どもHCDコンサルティングにお尋ねください。
JASTI監査対策のご相談は、私どもHCDコンサルティングへ
JASTIは、中小企業等が最低限遵守すべき事項を社会人権面を中心に網羅した監査要求事項・評価基準から成り、ILO(国際労働機関)中核的労働基準を含みます。
当事務所代表は、全国社会保険労務士会連合会「ビジネスと人権」研修(ILO駐日事務所の技術協力で構築された研修)で、合計7度ファシリテーターを務めました。
JASTI監査に向けたコンサルティングは、私どもHCDコンサルティングにお任せください。